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福島地方裁判所 平成3年(行ウ)4号 判決 1996年3月18日

福島県郡山市本町一丁目一四番一〇号

原告

有限会社つたや産業

右代表者取締役

齋藤トシ子

右訴訟代理人弁護士

高橋金一

同市堂前町二〇番一一号

被告

郡山税務署長 長谷川仁

右指定代理人

久城博

山田昇

阿部覚己

角田春雄

佐藤勇一

主文

一  被告が、原告の昭和六一年一〇月一日から同六二年九月三〇日までの事業年度の法人税について平成元年七月二八日付でした更正のうち、所得金額三九六四万八〇五〇円を超える部分及びこれに伴う過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも異議決定により一部取り消された後のもの。)を取り消す。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告負担とし、その余を原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告が、原告の昭和六一年一〇月一日から同六二年九月三〇日までの事業年度の法人税につき、平成元年七月二八日付でした更正のうち、所得金額二九万八〇五〇円、納付すべき税額四万八二〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも異議決定により一部取り消された後のもの。)を取り消す。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は、不動産の管理及び賃貸等を目的とする有限会社で、青色申告法人の承認を受けている。

2  原告は、その創業者にして代表取締役であった齋藤祐之進(以下「祐之進」という。)が、昭和六二年一月四日午前一〇時三〇分ころ、原告所有のビルの屋上において、水漏れの点検作業中に誤って地上へ転落して死亡し原告を退職したので、同年七月三日、同人の相続人である妻の齋藤トシ子に対し、死亡退職金の名目で九一〇〇万円を支払った(以下「本件退職金」という。)。

3  原告は、昭和六二年一一月三〇日、被告に対し、昭和六一年一〇月一日から同六二年九月三〇日までの事業年度分(以下「本件事業年度」という。)の法人税につき、本件退職金金額の損金の額を算入したうえ、欠損金額一三六九万三一七七円、納付すべき税額を零円とする確定申告を行った。

4  ところが、被告は、原告に対し、法人税調査を実施したうえ、平成元年七月二八日、損金に計上していた本件退職金のうちの七八三五万円を法人税法三六条の定める「不相当に高額な部分の金額」に当たると判断し、その損金算入を否認して所得金額に加算したうえで、本件事業年度における原告の所得金額を五八六四万八〇五〇円と認定して納付すべき税額を二三六三万〇九〇〇円と更正し(以下「本件更正処分」という。)、併せて過少申告加算税三五一万九〇〇〇円の賦課決定を行った。

5  原告は、平成元年九月一九日、被告に対し、本件更正処分等について異議申立を行ったところ、被告は、同年一二月一八日付けで、本件更正処分等のうち、所得金額に加算した金額中、さらに一八〇〇万円を損金として認めたうえ、納付すべき法人税額のうち七五六万円とその部分にかかる過少申告加算税を取り消す旨の異議決定をした。この結果、原告の本件事業年度における所得金額は四〇六四万八〇五〇円、納付すべき法人税額は一六〇七万〇九〇〇円、過少申告加算税は二三八万五五〇〇円となった。

6  そこで、原告は、平成二年一月一二日国税不服審判所長に対し、審査請求を行ったが、同所長が、同年一二月二〇日付けで、これを棄却する旨の裁決を行った。

二  原告の主張

原告は、その代表取締役であった祐之進が業務上の事故死により退職したため、本件退職金九一〇〇万円を支出したが、その内訳は、基本退職金二〇〇〇万円、弔慰金五〇〇〇万円、特別加算退職金二〇〇〇万円、葬儀費用負担金一〇〇万円である。ところが、被告は、斎藤祐之進の退職に至る特殊事情とこのような本件退職金の実質を看過して、法人税及び同法施行令(以下、それぞれ「法」及び「令」という。)の解釈適用を誤って本件退職金の一部のみの損金算入を認めた結果、原告の本件事業年度における所得金額を過大に認定して法人税及び過少申告加算税を賦課した決定がある。

三  被告の主張

1  本件更正処分等の根拠

(一) 被告は、まず本件事業年度において原告が祐之進に支給した本件退職金全額を法三六条にいう役員退職給与に該当すると判断した。それは、原告が提出した本件事業年度の法人税の確定申告書に添付された損益計算書中の特別損失の部に死亡退職金九一〇〇万円と記載され、同じく添付された雑益、雑損失等の内訳書にも同様の記載があり、臨時社員総会議事録にも死亡退職金の金額を九一〇〇万円とする旨の議決が記録されていたほか、祐之進の相続人である妻齋藤トシ子が提出した相続税の申告書にも原告から支給された死亡退職金全額が相続財産とされており、右申告額についての被告の照会に対する回答書でも、原告が祐之進の死亡により死亡退職金として九一〇〇万円を支給した旨の記載がなされていたなど、結局いずれの書面も原告の主張する実質に基づいて区分して計上していなかった。また、平成元年に法人税調査を実施した際、関与した原告の顧問税理士金内正雄(以下「金内税理士」という。)が、臨場した被告の職員に対して、本件退職金は相続人の齋藤トシ子が今後生活していけるだけの額を支給したのであり、資金繰りが許せばもっと支給したかった、原資となった保険金は祐之進が自らの命を犠牲にして家族に残したものであるが、保険金が入ったということで利益調整を意図したものではない等と説明したが、具体的な算定根拠については明らかにしなかった。そこで、被告は、このような一連の事実関係と調査結果をふまえたうえで本件退職金額が役員退職給与にあたると認定した。

(二) 次に、本件退職金のうちで不相当に高額な部分の金額について損金算入を否認したのであるが、その根拠とするところは、次のとおりである。

(1) 被告は、不相当に高額であるか否かの判断基準として平均功績率法を用いることとし、仙台国税局長を通じて原告の所在する郡山税務署管内において、原告と同種の事業を営み、かつ、原告と同様な次の基準のすべてに該当する法人とその役員退職給与の支給状況等について抽出調査を行った。

(a) 昭和六〇年一月から同六二年一二月までの間に役員が退職しており、

退職理由が死亡であること。

(b) 当該役員に対して、退職金等が支払われていること(未払金を含む。)。

(c) 事業種目

日本標準産業分類の分類項目表による大分類K(不動産業)のうち、中分類七〇(不動産賃貸・管理業)の事業を営んでいること。

(d) 売上金額

当該役員の退職事業年度及び前一事業年度の平均売上金額が一〇〇〇万円を超え一億円未満のもの。

(e) 所得金額

当該役員の退職事業年度及び前一事業年度の平均所得金額が黒字であるもの及び赤字のもので赤字の金額が一〇〇〇万円を超えないもの。

(f) 利益積立金

当該役員の退職事業年度及び前一事業年度の利益積立金の増加額の合計額が黒字であるもの及び赤字のもので赤字の金額が一八八二万八二三八円を超えないもの。

(g) 資本金額

当該役員の退職事業年度直前の事業年度の資本金が六〇〇〇万円未満のもの

(2) 右の抽出基準に対応する原告の事業状況は次のとおりであった。

(a) 祐之進は、昭和六二年一月四日、原告を死亡により退職した。

(b) 原告は、昭和六二年七月三日、祐之進に対し、退職給与として九一〇〇万円を支払った。なお、祐之進の死亡時の報酬月額は五〇万円で、役員在職年数は一一年であった。

(c) 原告の事業種目は、不動産賃貸・管理業であり、日本標準産業分類によると、大分類K(不動産業)のうち、中分類七〇(不動産賃貸・管理業)に属する。

(d) 原告の本件事業年度及び前一事業年度の平均売上金額は、三七〇六万六〇〇〇円であった。

(e) 原告の本件事業年度及び前一事業年度の平均所得金額は、マイナス八六五万二〇〇〇円であった。

(f) 原告の本件事業年度及び前一事業年度の利益積立金増加額の合計額は、マイナス一八八二万七〇〇〇円であった。

(g) 原告の本件事業年度直前の事業年度の資本金は、三〇〇〇万円であった。

(3) 前記抽出基準により抽出調査した結果、右の基準に合致する類似法人は四社(五事例)であり(以下「本件比較法人」という。)、その退職給与の支給状況等とこれに基づいて算出された功績倍率は別表1のとおりである。そして、これによれば、功績倍率の最高値は三.一八、最低値は一.三〇であり、その平均値は二.三〇(小数点第三位を四捨五入)となる。そして、この平均値に基づき本件退職金の金額のうち損金算入が認められる適正額を算出すると、次の算式のとおり一二六五万円となる。

(算式)

(最終報酬月額) (役員在職年数) (平均功績倍率) (適正額)

50万円 × 11年 × 2.30 = 1265万円

(4)(a) さらに、被告は、原告が祐之進またはその遺族に対し本件退職金とは別途に弔慰金等の金員支給を行った事実が認められなかったことから、祐之進が退職するに至った特別な事情を斟酌して、損金として満期適正額にさらに一八〇〇万円を加算した。すなわち、相続税法上、被相続人の死亡が業務上の死亡であるときは、相続人その他の者が受ける弔慰金、花輪代、葬祭料等について、当該被相続人の死亡当時における賞与以外の普通給与の三年分に相当する金額までは、相続財産に含めないこととしており(相続税基本通達三-二〇)、また、労働基準法七九条が業務上死亡した場合には、使用者は、遺族に対して平均賃金の一〇〇〇日分の遺族補償を行うよう規定していること等照らして、祐之進の最終月額報酬五〇万円の三年分に相当する金額である一八〇〇万円を役員退職給与の適正額に含めることとし損金に加算したものである。

(b) なお、退職に至った特別の事情を斟酌した増額分については次のとおり予備的に主張する。

すなわち、退職の事情という要因をどのように評価するかについて、法では具体的な規定を定めていないのであるが、退職給与の計算について合理的な方法を定めていると考えられる国家公務員退職手当によれば、勤続期間が二四年以下の者について公務上の死亡により退職した場合の退職手当の額は、普通退職の場合(死亡を含む。)の退職手当の額の五割増しとされている(同法三条一項、五条一項)。もとよりこの規定は、国家公務員に適用されるものであり民間の法人役員などは対象外であるが、双方の勤務条件や給与水準、法人に対する役員としての功績などといった差異の生ずる要素は、類似法人の平均功績倍率及び最終報酬月額を基礎数値として計算することによってすべて考慮されることになるから、右規定に定める支給割合の数値を準用することには十分合理性が認められる。

そこで、右規定を準用して、退職に至った特別の事情を斟酌した増加分を含めた祐之進の役員退職給与の適正額を算定すれば、前掲のとおり本件比較法人の平均功績倍率を用いて算出された祐之進の役員退職給与の適正額一二六五万円に一.五を乗じた額である一八九七万五〇〇〇円となる。

(5) したがって、本件退職金九一〇〇万円のうち、平均功績倍率法を用いて算出された一二六五万円及び特別事情による増加分一八〇〇万円の合計額である三〇六五万円が役員退職給与の適正額であり、これを超える部分の金額である六〇三四万円が不相当に高額な部分として損金算入を否認されることになる。また、特別事情による増加分の算定方法を前記(4)(b)のとおり役員退職給与五割増という考え方にたてば、本件退職金のうち、前記算出の一二六五万円に一.五を乗じた額である一八九七万五〇〇〇円が適正額になり、これを超える部分の金額である七二〇二万五〇〇〇円が不相当に高額な部分として損金算入が認められない。

2  本件更正処分等の適法性

(一) 原告の本件事業年度における所得金額の計算上、祐之進に対する役員退職給与の適正額は三〇六五万円であり、これを超えて損金に算入されない過大な役員退職給与と認められる金額は六〇三五万円となるから、原告の本件事業年度の課税所得金額は、別表2のとおりである。そうすると、原告の本件事業年度の課税所得金額が四〇六四万八〇五〇円となり、本件更正処分にかかる原告の所得金額(異議決定により取り消された部分の金額を除く。)と同額になるから被告の本件更正処分は適法である。また、特別事情による加算金額について前記1(二)<4>(b)の予備的主張のとおり国家公務員退職手当法の規定を準用して計算した場合、祐之進の役員退職給与の適正額は一八九七万五〇〇〇円となり、これを超えて損金に算入されない金額は七二〇二万五〇〇〇円である。そうすると、別表2の計算にあてはめて計算すれば、原告の本件事業年度の所得金額は五二三二万三〇五〇円となり、本件更正処分にかかる原告の所得金額(異議決定により取り消された部分の金額を除く。)は右金額の範囲内であるから、やはり被告の本件更正処分は適法である。

また、本件更正処分により納付すべき税額の基礎となった事実が、更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法六五条四項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条一項の規定に基づき過少申告加算税を賦課した処分も適法である。

(二) なお、祐之進の役員報酬の支給状況は別表3のとおりであって、同人に月額五〇万円の報酬を支払っていたのは、昭和六一年一〇月から同人が死亡するまでのわずか三か月にとどまり、それ以前では月額一〇万円にも満たない金額であった。そこで、前掲の平均功績倍率法に基づくよりも、むしろ一年あたり平均額法を用いる方がその実態を反映させてより適正な額の算定ができるものである。そこで、本件比較法人における勤続年数一年あたりの平均退職給与額は別表4のとおりであり、その一年あたりの平均額は六五万四八〇〇円となる。これに祐之進の役員在職年数一一年を乗ずると、次の算式のとおり七二〇万二八〇〇円となる。

(算式)

(一年あたり平均退職給与額) (祐之進の在職年数)

65万4800円 × 11年 = 720万2800円

そして、この算出額に業務上の死亡という退職事情を考慮して相当と認められる前示の金額一八〇〇万円を加算した合計二五二〇万二八〇〇円が一年あたり平均額法を用いた場合における役員退職給与の適正額となる。また、右加算額について前記1(二)(4)(b)の予備的主張である国家公務員退職手当法の規定を準用して計算しても、右算出金額の五割増である一〇八〇万四二〇〇円に止まる。したがって、一年あたり平均額法によって計算したところによっても、被告が本件更正処分等において役員退職給与としての適正額と主張する金額三〇六五万円を超過することはないので、いずれにせよ本件更正処分と過少申告加算税賦課決定処分は、異議決定により取り消された部分の金額を除いた限度において適法である。

四  原告の反論

1  本件退職金の実質

(一) 原告は、死亡退職金との名目で本件退職金九一〇〇万円を支出したが、その実質的な内訳と算出根拠は、次のとおりである。

(1) 基本退職金 二〇〇〇万円

祐之進の最終月額報酬五〇万円にその勤続年数一一年と功績倍率三.六三を乗じた合計額一九九六万五〇〇〇円の近似値とした。右功績倍率は、原告の入手した過去の事例と比較対照して算出したのであり、これらの数値を異常に上回るものではなく相当な範囲内にある。

(2) 特別加算退職金 二〇〇〇万円

祐之進は、原告の代表取締役として、昭和五二年に七階建ての賃貸マンションを、同六一年に七階建て貸しビルをそれぞれ新築し、原告の営む不動産賃貸業の基礎を築き上げたほか、経済的な見地からすれば、同人の死亡により死亡保険金一億円の利益を原告にもらたしているなどの事情を斟酌して、死亡保険金一億円の二割に相当する二〇〇〇万円を特別加算退職金として加算した。

(3) 業務上の事故死に対する給付金 五〇〇〇万円

業務上の事故死の場合、その遺族に対して弔慰金または業務上の事故死に対する給付金として金員が支給されることが社会の慣習として認められており、近年役員を被保険者とする生命保険を会社が契約する例が増えてきているが、このような場合において役員が死亡退職したときは、生命保険金の一部又は全部を退職給与に上積みすることは世上一般化してきているところである。そこで、労働者災害補償保険法二七条に基づいて中小企業の役員が労災保険に加入している場合に給付される遺族補償年金の総額が、次のとおりの算式により計算すると六四四〇万円になることや、本件の場合、労災保険に特別加入することに代えて保険契約を行い、祐之進の事故死により死亡保険金一億円のほかに災害割増保険金五〇〇〇万円を給付された事情があることなどを考慮し、使用人並の補償額の範囲内にして、かつ右割増保険金の限度である五〇〇〇万円を業務上の事故死に対する給付金として加算した。

(算式)

イ 日額 1万6000円(月額報酬50万円を30日で除したもの。)

ロ 年金受給者 祐之進の妻である齋藤トシ子(当時55歳)

ハ 受給期間 23年(昭和62年当時における女性の平均寿命である78歳から上記受給者の年令を控除。)

1万6000円×175日(労災保険法別表第1遺族補償年金)×23年=6440万円

(4) 葬儀費用負担金 一〇〇万円

祐之進は業務上の事故死であったが社葬にしなかったので、原告の応分の負担として労働基準法八〇条により計算される最低勤続一〇〇万円(最終月額報酬五〇万円を三〇日で除して六〇日を乗じた額)を葬儀費用負担金として加算した。

(二) 以上のうち、法三六条にいう役員退職給与に該当するものは前記(1)基本退職金と(2)特別加算退職金だけである。業務上の事故死に対する給付金は、その給付原因からして祐之進の原告に対する生前の役務提供に対する対価として支給されたのではないから役員退職給与にあたらず、また、葬儀費用負担金ももとよりこれに含まれないから、適正な額であるならばそれぞれ損金性が肯定されてしかるべきである。

このように、原告は、各項目毎に適正な金額を求め、それをもとに本件退職金を算出したのであって、本件税務調査の当初から本件退職金の内訳を説明する意思もあったにもかかわらず、調査担当官の一方的意思で調査を打ち切られてしまい、原告の具体的反論や税務交渉の機会も与えられない状態で、被告が、祐之進の明確な死亡原因とその事情を知らないままで本件更正処分を行ったのである。

なお、被告は、本件退職金の受給権者や相続税法上の「みなし相続財産」の該当性とそれらに対する原告らの認識を捉えて、本件退職金の金額を役員退職給与にあたる根拠の一つとして主張するが、私法上、相続人に直接受給権が生ずる場合であっても、相続税法上は「みなし相続財産」にあたることがあり、原告の支給した業務上事故死に対する給付金や葬儀費用はまさにこれに当たるのだから、被告の右主張は失当である。

2  平均功績倍率法の形式的適用の不当性

本件退職金の実質は前記1のとおりであって、このような場合にはその実質に従って各項目毎に個別的な考慮をなすべきである。しかるに、被告は、祐之進の退職に至る特殊事情とこのような本件退職金の実質を看過し、平均功績倍率法を用いて一律に損金性を判断しているのであって、法三六条及び令七二条の趣旨とする税法上の実質主義に違背するものである。同条項は、いわゆる租税回避行為を規制することが目的であり、「不相当に高額な部分の金額」か否かの判断基準は、結局、経済的合理性のある行為か否か、あるいは異常、不自然な行為か否か、というところに求められるべきである。そして、功績倍率法は、その判断の基礎資料とはなりえても、それ以上の絶対的な判定方式ではないというべきであり、本件のように業務上の事故死という特殊事情が認められる場合にまで形式的に適用すべきではない。

また、他の裁判例等をみると、平均功績倍率法を用いたとしても実際の課税庁の運用において、これによって算定した適正な退職給与の額を上回る処理を行っていることが多く、本件のように平均功績倍率を厳格に適用した事例は稀であり、このような運用は平等原則にすら抵触するものである。

3  類似法人選定の合理性欠如

(一) 被告が選定した本件比較法人は、被告の管内に所在する法人に限られているのではあるが、地域的特性を強調して同一税務署管内に限定したのでは類似法人の抽出に困難をきたして適正さを欠き、また取引の範囲が広汎になっている現代社会においては、むしろ不合理というべきである。

(二) また、本件比較法人は、いずれもその事業規模を示す売上、所得、資本金等の各要素のばらつきが著しく、かつその数値が原告のそれを大きく下回っている。すなわち、原告が試算したところによれば、事業規模を示す売上金額、所得金額、利益積立金増加額、資本金について、原告を一〇〇として本件比較法人のそれを算出したところ、原告の右四項目の合計数値四〇〇に対し、本件比較法人の平均数値は一五一となり、原告の三八%に過ぎない。また仮に、事業規模を比較する一般的要素とされている売上金額と資本金の二項目に絞って対比してみても、原告の二〇〇に対し、本件比較法人の平均値は九九に過ぎないのである。したがって、原告と本件比較法人との間に事業規模の類似性は認められない。

(三) 本件は創業者である代表取締役の死亡事例であるのに、創業者であることの抽出基準を欠いているし、原告の営む不動産賃貸業という業種を考えると、建物などの試算の多寡がその事業規模を示す重要な指標なのであるから、総資産額も抽出基準に設けるべきである。また、弔慰金または業務上の事故死に対する給付金を含めた全額について功績倍率法を用いて判断するのであれば、死亡原因が業務上の事故死であることを、受取保険金の多寡が給付水準に大きく影響するのが社会の実情なのであるから、概ね原告と同程度の保険金を受け取っていることという抽出基準も設ける必要がある。しかるに、被告の用いた抽出基準にはこれらを欠いているのである。さらに一般的にみて、資本金額が一〇〇〇万円未満の法人と一〇〇〇万円以上一億円未満の法人とでは、退職金額や功績倍率の数値の点において比較すると、前者は後者の約五五パーセントに過ぎない。そこで、原告の資本金額は三〇〇〇万円であるから、類似法人の選択にあたっては資本金額の下限を一〇〇〇万円とすべきところ、被告は抽出基準を定めるにあたりその下限を指定していない。以上のことに加え、仙台国税局長が平成三年八月八日付で右抽出基準を示して類似法人の選定を指示し、これに応じて被告が選定した本件比較法人と、これに先立ってなされた被告の平成元年一二月一八日付異議決定書に添付された資料(「類似法人の功績倍率等の計算表」と題する書面)に示された事例とが符号していることに照らすと、結局、被告が合理的基準を設けずに予め自署管内から抽出していた本件比較法人を追認させるかたちで抽出基準を設けていたことが窺われるのであり、結局、本件比較法人は合理的に選定されているとはいえない。

(四) 以上のとおり、本件比較法人は、いずれも合理的に選定されたものでなく事業規模の類似性にも欠けるので、これらの数値に算定された本件の平均功績倍率にはまったく合理性がなく、これを用いて本件退職金の損金算入を否認して行った本件更正処分は違法である。また、類似法人役員の最終月額報酬に基づいて算定する一年あたり平均額法も、同様に合理性がないというべきである。

4  業務上の事故死に対する給付金の損金性

被告は、相続税法の基本通達三-二〇の取扱に準じて、業務上の事故死という退職に至る特殊事情に基づいた加算額を算定しているが、法人税法と相続税法とはまったく異なる原理原則に基づいて形成された法であるから、そのような基準を用いることは明らかに不当である。また、被告は、労働者が業務上死亡した場合において、使用者は遺族に対して平均賃金の一〇〇〇日分(祐之進の場合には約一六七〇万円となる。)の遺族補償を行わなければならない旨を定めた労働基準法七九条を根拠に、本件更正処分において一八〇〇万円を損金として加算したことが相当であるとしているが、同法は、あくまで最低限の労働条件の基準を定めるものであるから(同法一条二項)、右規定も補償の最低限を定めているにすぎない。むしろ、原告の主張する前記1(一)(3)のとおり、労働者災害補償保険法二七条に定める特別加入の場合に準じて取り扱うことの方が相当である。さらに、被告は、特別事情による増加分の予備的主張として、国家公務員退職手当法を準用して五割増の支給を主張するが、国家公務員についても、右五割増の給付とは別途に国家公務員災害補償法に基づいて、労働者災害補償保険によるものと同程度の給付がなされるのであるから、かかる主張も失当である。

そもそも、業務上の事故死に対する給付額については、法をはじめ関連法令や通達においてその処理基準などの具体的な定めがないのであり、もっぱら解釈論においてその解決が図られる必要がある。そして、原告は、前記のとおり合理的な根拠をもって算出したにもかかわらず、被告が法及び令の合理的な根拠なくして不当にその損金算入を否認したことは、私的自治を侵すものである。

5  原告の納付すべき法人税額

なお原告の納付すべき法人税額は、本件更正処分で認定された五八六四万八〇五〇円から、本件異議決定で損金として加算された一八〇〇万円及び前記1に示した違法な損金否認分である四〇三五万円を控除した残額である二九万八〇五〇円が原告の本件事業年度の所得金額となるから、これに税率三〇パーセントを乗じた額である八万九四一五円から控除所得税額等四万一一七七円を差し引いた金額である四万八二〇〇円(一〇〇円未満切り捨て)となる。

五  争点

1  本件退職金の実質

2  平均功績倍率法適用の可否と本件比較法人の合理性

3  業務上の事故死に対する給付金の性質とその損金性

4  死亡退職金に葬儀費用負担金の性質が含まれている場合の損金性

第三当裁判所の判断

一  まず、本件退職金の実質について検討する。

本件の証拠(甲19、乙1ないし3、5、14ないし20の3、白倉昇平、金内正雄)によれば、祐之進は、大同生命保険相互会社との間で、事故を被保険者、原告を保険金受取人として、保険金額を一億円(災害保険金としてさらに五〇〇〇万円)とする生命保険契約を締結していたこと、祐之進の死亡により、同会社から原告に対し、昭和六二年二月末ころ、死亡保険金一億円、災害保険金五〇〇〇万円、配当契約保険金九七九万一五〇〇円の総額一億五九七九万一五〇〇が支払われたこと、祐之進の死亡後、原告代表者の地位を引き継いだ齋藤トシ子は、金内税理士に原告から祐之進の遺族に支給することのできる金額について相談をしたこと、金内税理士は、受領した右保険金額や祐之進の遺族の生活補償などの要素をも勘案して本件退職金の金額を試算したこと、原告は昭和六二年六月一五日、臨時社員総会を開催して、金内税理士の助言に基づき、祐之進の遺族に対し、死亡退職金として九一〇〇万円を支給することを議決したこと、原告の総勘定元帳の給料手当勘定には昭和六二年七月一日付で「死亡退職金」と表示されて九一〇〇万円が一括計上されていること、祐之進は、原告のほかに関連会社として貸金業として不動産仲介業を営む有限会社つたや本店やサウナを経営する有限会社オアシスの役員も兼ねていたが、これらの会社からは死亡退職金の支給はなかったこと(ただし、前者は事実上営業活動を休止しており、後者は開業したばかりでこの時点ではまだ最初の決算期を迎えていなかった。)、金内税理士は、祐之進の遺族から相続税の申告手続も依頼されて、昭和六二年七月三日、相続税申告書を提出したが、これには原告から受け取った「死亡退職金」九一〇〇万円全額が相続財産に含まれていること、併せて原告は、同日に本件事業年度にかかる法人税の確定申告書を提出したが、それに添付した損益計算書中、特別損失の部に「死亡退職金」との表示で九一〇〇万円を計上し、雑益、雑損失等の内訳書にも同様の表示をもって同金額が記載されていること、一方で原告の一事業年度前における決算報告書中の損益計算書では、販売費及び一般管理の部に「退職金」の科目で一〇〇〇万円を、さらに営業外費用の部に「社葬費用」の科目で一〇〇万円をそれぞれ計上する処理を行っていたこと(ただし、金内税理士とは別の税理士の処理であった。)、その後、原告は、被告からの相続税の申告額の確認のための照会に対し、同年一一月三〇日、祐之進の死亡により「死亡退職金」として九一〇〇万円を支給した旨を回答していること、平成元年二月一〇日及び同年四月一二日の二度にわたり実施された税務調査の際、立ち会った金内税理士は、調査担当者に対し、「死亡退職金」の内容や内訳の説明をまったくしていないこと、本件更正処分がなされた後の異議申立に際して、その申立理由中で初めて本件退職金の内訳と算定根拠を明示し、本件退職金のうち五〇〇〇万円を弔慰金である等と主張したことが認められる。

以上の事実を総合すれば、本件退職金の支給するに至る過程においては、九一〇〇万円を一括して「死亡退職金」として支払うことが定められていたにとどまり、原告の主張するような実質的根拠に基づいて算定した形跡を窺うことできない。そして、法三六条にいう役員退職給与とは、予め定められた退職給与規定の存否や支給名目の如何にかかわらず、役員の退職に起因して支給される一切の職務執行の対価としての給与というべきものであるが、右のとおり外形的区分が明らかでない本件退職金は、とりあえずその全額が法三六条にいう役員退職給与に該当すると解するのが相当である。

ただ、原告あるいはその関連会社から祐之進に対して本件退職金以外の金員がまったく給付されていないこと、また、同一人に対しての支給であるから全額を一括して支払うことは社会通念に照らして首肯できることや、前示した本件退職金の会計処理の仕方も会計慣行からみて特異な手法でないこと等の諸事情に照らして考えると、原告の主張するとおり具体的な金額までは認め難いものの、本件退職金には固有の役員退職給与としての性質だけでなく、その業務上の事故死に対するいわゆる弔慰金的な性質な葬儀費用分担金的な性質も包含されていると解することができる。そして、役員が死亡退職したことによって支払われる金員等のうち、その性質が福利厚生費や慰謝料その他これに準ずる費用といい得るところの社会通念上相当と認められる弔慰金、香典等や社葬費用の支出などについては、退職給与と別個に区分して支出していることが明らかなものの場合には退職金として取り扱うべきではなく、また、右の名目で支出されていてもその実質が退職給与の一部と認められる場合には退職給与に含めるべきであるが、さらに退職給与と区別されずに一括して支出されていても、その実質が先の弔慰金、香典や社葬費用の一部負担等、本来の退職給与とは別個の必要経費的な性質を有する部分が含まれていると認めることができる場合には、それらは実質的にみて職務執行の対価とはいい難いから、右実質に応じて退職給与と区別して損金性の評価を行う必要があるというべきである。

そこで、本件退職金の過大性を判断するに際しては、右に挙げた各性質毎に損金性を考える必要があるので、以下、順に検討を進めることにする。

二  平均功績倍率法の適用の可否と本件比較法人の合理性

1  法三六条は、法人役員に対する退職給与が、使用人に対するそれと異なり、益金処分たる性質を含んでいる場合があることにかんがみて、一般的に相当と認められる金額に限って収益を得るための必要な経費とし、右金額を超えて不相当に高額である部分は益金処分として損金算入を認めないとした趣旨であり、これを受けて令七二条が、当該役員の業務従事期間、退職の事情、同種事業を営む法人の役員退職給与の支給状況等に照らして、右の相当性を判断すべきものとして定めているところ、そのための具体的な判断方法として、同種かつ同程度の事業規模を有する法人の役員退職給与の支給事例を抽出して、これらの支給額が当該役員の最終報酬月額に役員在職年数を乗じた金額にいかなる係数を乗じたものかを求め、この係数を比較して判断するといういわゆる功績倍率法が原則として合理的な判定手法であることについては両当事者間に争いがないところである。

そして、前示した本件退職金の性質を吟味した結果、そのうちで固有の退職給与にあたる部分を評価するために功績倍率法を用いることは、右趣旨に沿うものとして合理的であり、原告の主張する形式的適用との非難はあたらないというべきである。

2  そこで、本件比較法人選定の合理性について検討する。

まず、原告の営む不動産賃貸業は、一般にその事業を展開している地域の所在地や人口密集度、当該地域における経済力とその発展性や不動産の需要と供給の関係などの地的、人的、経済的要素が大きく影響するものであり、他業種と比してその地域的特性が極めて強いことからして他管内との単純な比較はあまり適当であるとはいいがたく、原告の所在する税務署の同一管内に限られていること自体では直ちに合理性を否定すべき理由とはならない。そして、このように同一管内に限定するときには類似法人の該当事例数が少なくなるおそれがあるが、本件においては四社(五事例)が選定されており、一応その数に不足はない。

次に、本件比較法人の抽出基準について考えてみるに、本件比較法人を抽出にあたって被告の用いた抽出基準は、前示被告の主張1(二)に列挙したとおりであって、これはいずれも原告の実情を反映させていることが明らかである。原告はさらに様々な抽出基準の設定を求めているが、創業者としての功績は後記のとおり最終月額報酬に最大限反映されていると解せられるし、退職の事情についても、後記のとおり、業務上の事故死に対する給付金についての損金性の判断過程で評価しているので、これらについての抽出基準を設けずとも合理性を欠くものではない。また、役員退職給与の適正額は法人に対する役務提供による貢献度によって判断されるべきであって、役員の事故死による保険金の受領は役務提供の結果ではないので、その支給の原資とされた保険金の多寡もとりあえず考慮すべき必要はない。このように考えると、本件の抽出基準自体は直ちに不合理なものとはいえない。

ただ、原告が指摘するように、不動産賃貸業の場合にはその事業規模を評価するうえで、保有する不動産の数や種目等が欠かせないものといえ、法人の総資産額は基本的な指標の一つと考えられるところ(その意味で、法人の資本金額の下限を一〇〇〇万円とする必要はない。)、本件比較法人ではその考慮を欠いているうえ、本件比較法人は、その事業規模を示す各要素の点において、数値的には原告を概ね下回る面があることは否定できないことから、その選定についての合理性に疑問を差し挟む余地もないではない。しかし、本件比較法人は、前示のとおり、原告の所在する地域の経済的実態を如実に反映させているだけでなく、前掲の各要素の数値からしていわゆる同族的な法人であることが窺われ、その点で原告とは本質的差異がなく、合理性を失わせるほどの著しい相違は認められないこと、原告との各要素の数値が離れている比較法人ほど功績倍率が高く、原告にとってむしろ有利に働いていること、功績倍率法を用いる場合、適正な判断を行うためには功績倍率だけでなく、算定の基礎数値となる最終月額報酬が当該役員の法人に対する功績を正確に反映したものであることも重要であって、祐之進が退職に至るまでの報酬額の状況をみると、証拠(乙16、17の3、18の3、20の3)によれば別表3のとおり、月額一万円から五万円前後で推移していたのが退職前の三か月にあってはいきなり月額五〇万円に上昇していることが認められ、その金額の推移からすれば、祐之進の原告に対する功績が最終月額報酬に最大限に反映されていると考えられること、そして、本件比較法人の功績倍率の平均値をとることにより、各比較法人の間に存する個別的な差異や特殊性が捨象されて、当該地域において当該業種を営む法人の退職金支給状況の平準化した姿を求めることができるというべきであり、以上のような事情を総合して考慮してみると、本件の抽出基準がすでに選定済みの本件比較法人の事例にあわせるかたちで設定された節が窺われないではないが、それでも祐之進の最終月額報酬を基礎として、本件比較法人から算定された功績倍率の平均値を用いた平均功績倍率法は、役員退職給与のうち不相当に高額な部分を判定する手段としての合理性は維持されている、ということができる。

そこで、本件比較法人の功績倍率と別表1のとおりであり、その平均値は二.三〇(小数点第三位を四捨五入)となるので、祐之進の最終月額報酬五〇万円を基礎に役員在職年数一一年として算定すると、被告主張の算式のとおり一二六五万円が役員退職給与として適正な金額となる。

また、原告が別途主張する特別加算退職金についても、その特殊加算の根拠とされる要素は、いずれも右報酬額や後記の業務上の事故死に対する給付金の算定の際に斟酌されていると考えられるから、特にこれを別意に取り扱って損金性を認める必要はない。

三  業務上の事故死に対する給付金

法人が、その役員及び使用人等の慶弔・禍福に際して支給する金品は、社会通念上、相当な範囲内の金額であるならば、通常の場合、福利厚生費に計上され必要経費として損金に算入されるものであるが、その役員等が業務上の事故によって死亡し退職するに至った場合には、前示の退職給与だけでなく、弔慰金などの名目で金員を給付することは社会生活における一種の慣行として是認されているところである。しかも、これらの金員の性質は、事故の原因や態様によっては、単に法人の弔意を示すだけのものにとどまらず、損害賠償や慰謝料のような意味合いが含まれている場合が往々にして存するのである。そこで、このような場合には弔慰金あるいは業務上の事故死に対する給付金などの名目の如何にかかわらず、やはり法人の事業執行に伴う支出として損金への算入を認めるべきであるが、他方においてこの場合でも、役員退職給与と同様に益金処分の性質を含む可能性があることが否定できないことから、結局、事故の原因や態様その他の諸事情を斟酌したうえで適正な金額の限度においてのみ損金算入を認めるべきである。

そこで、本件における事故の態様をみると、前示した争いない事実のとおり、祐之進は、自ら出向いて原告の所有するビルの水漏れ点検作業を行っている最中に誤って地上に転落したというのであり、その原因は祐之進自身の過失行為によるものと推認される。そうすると、祐之進は原告の代表者であって、本件事故の発生について安全配慮義務違反等の原告の法的責任を論ずる余地が乏しく、原告が祐之進に対して損害賠償や慰謝料といった性質の金員を給付しなければならない理由はみあたらないので、このような事情に照らして考えると、本件における業務上の事故死に対する給付金は、純然たる弔慰金的性質の限度で損金性を認めることができる。

続いて、純然たる弔慰金的性質を有する金員の適正額を考えてみるに、法及び令のあるいは基本通達において右適正額を判断する基準を定めたものはないが、相続税法上、被相続人の死亡が業務上の死亡であるときは、その雇用主等から受ける弔慰金等のうち、当該被相続人の死亡当時における賞与以外の普通給与の三年分に相当する金額を相続財産に含めないものとされており(相続税基本通達三-二〇)、これは社会政策的な観点や国民一般の習慣に照らして弔慰金という財産の性質を考えたうえで右金額の限度では課税することが適当でないとの評価が与えられていると解することができる。そして、その金額評価は、労働基準法七九条が、業務上死亡した労働者の遺族に対して平均賃金の一〇〇〇日分の遺族補償を行うように規定していて金額的にほぼ符合していることと照らし合わせてみても、その名目の如何を問わず、業務上の事故死を理由とする給付金員の金額として普通給与の三年分に相当する額というのが社会一般における一つの目安とされていて、その評価を法規範や運用基準として取り込んでいると考えることができる。もとより、遺族に対する法人からの金員給付は、多額であればあるほど働き手を失った遺族の将来の生活を手厚く補償することになるから、これを否定する理由はないのであるが、他面において、役員に対する給付の場合には前記のとおり益金処分としての性質もあるので、法人の損金性を判断するにあたってその金額に一定の線引きをなすこともやむを得ないというべきであるし、このように損金性を判断したからといって、法人から遺族への生活保補償の給付自体を禁ずるものではないから私的自治を侵しているとの主張もあたらない。さらに、原告は、法人役員の生命保険制度の利用状況について縷々主張するが、法人役員が、その家族ではなく法人を保険金の受取人として生命保険契約を締結する場合、第一義的には、中小零細な企業における事業運営が当該役員の個人的才覚や資質、信用に寄るところが大きいため、不慮の事故により当該役員が死亡したときには当該法人の事業運営に著しい支障が発生することが明らかであるから、これによって予想される経営上の損害を一部なりとも填補するために高額な生命保険契約を締結することが一般的であると考えられる。このような実情からみれば、法人が受領した保険金の中から役員の遺族に対し生活補償的な金員を給付した場合であっても、税法上これを益金処分として捉えられることはやむを得ないというべきである。

してみると、法人が業務上の事故死を原因として支出した金員の損金性を考えるうえでも、右にいう普通給与の三年分というのは基本的な指標として参酌するに値するものであり、少なくとも本件のように純然たる弔慰金的性質だけに止まると認められる場合には、右の基準をもって判断することに合理性を否定すべき理由はない。

よって、本件退職金のうち、祐之進の業務上の事故死に対する給付金的な性質の金員として、祐之進の最終月額報酬五〇万円に三年分を乗じた額である一八〇〇万円については損金算入を認めることができる。

四  葬儀費用負担金

法人税法基本通達(九-七-一九)によれば、法人が、その役員または使用人が死亡したことにより社葬を執り行い、その費用を負担した場合、社葬とすることが社会通念上相当と認められるときには、社葬のために通常要する金額の限度で損金算入を認められているが、さらに業務上の事故死の場合には、法人において遺族が執り行った葬儀費用の一部を負担し、そのための金員を正当な勘定科目に掲げて支出したときにはその相当な範囲内の額について損金算入を認めることを被告を是認している。そして、本件において、祐之進は業務上の事故死によって退職したのであるから、たとえ現実には社葬に付さなかったとしても、原告が会社としての弔意を示し、その葬儀費用の一部を相当な金額の範囲内で負担することは社会通念に照らして自然であり、単にその個別的な会計処理がなされていないという形式的な理由をもって損金性を排斥すべき理由はない。本件の葬儀費用負担金が、当初からその算定根拠を欠き退職給与と区別されて支出された事実が認められないとの理由で損金性を否定する被告の主張は採用できない。

証拠(乙14)によれば、祐之進の葬儀費用としてその遺族が合計二八四万四六七七円を支出していることが認められているから、原告が負担する葬儀費用として一〇〇万円は相当な範囲内の金額であるということができる。そこで、原告の主張する葬儀費用負担金一〇〇万円については、損金として算入すべきである。

五  結論

以上のとおり、本件退職金のうち、祐之進に対する役員退職給与として相当であると認められる金額が一二六五万円であり、これに業務上の事故死に対する給付金(弔慰金)として相当な額である一八〇〇万円と葬儀費用負担金一〇〇万円を加えた合計三一六五万円が原告の必要経費として損金への算入を認めることができ、右金額を超える五九三五万については損金への算入を否認すべきことになる。そこで、三〇六五万円につき損金算入を認めて、これを超える六〇三五万円については損金算入が否認されるものとしてなした本件更正処分のうち、葬儀費用負担金一〇〇万円の損金算入を否認した点は違法であるから、その限度において本件更正処分とこれに伴う過少申告加算税の賦課決定処分は取消を免れない。

よって、原告の請求は右認定の限度において理由があるものとしてこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 木原幹郎 裁判官 石垣陽介 裁判官手島徹は転補のために署名することができない。裁判長裁判官 木原幹郎)

別表1

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別表2

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別表3

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別表4

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